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東京高等裁判所 平成2年(人ナ)4号 決定 1990年5月31日

主文

本件請求を棄却する。

手続費用は請求者の負担とする。

理由

一  本件請求の趣旨及び原因は、別紙人身保護請求書写し記載のとおりである。

二  人身保護法は、法律上正当な手続によらないで人身に対し逮捕、抑留、拘禁等といった身体の自由に対する侵害が加えられている場合に、司法裁判により、迅速かつ容易に人身の自由を回復することを目的とし(法一条、規則三条各参照)、このための手続として、裁判所が、公開の法廷において審問期日に拘束者をして拘束の事由について答弁させるため、拘束者に対し人身保護命令を発し、これによって被拘束者の身柄を裁判所の監護下に置くとともに、審問の結果拘束が違法な手続によるものであると認められるときは判決で直ちに被拘束者を釈放するほか、なお、被拘束者が幼児若しくは精神病者であるときその他被拘束者につき特別の事情があると認められるときは、釈放に代えて被拘束者のために適当であると認められる処分をすることにより、不当に奪われている人身の自由の回復を実現することを予定している(法一二条、一四条ないし一六条、規則二条、二五条、二七条、二九条及び三七条各参照)ことからすると、身体に対する直接かつ継続的な抑制がその者の行動の自由を制約する程度に加えられることによって人身の自由が侵害されている場合を人身保護法による救済の対象としたものであるということができ、これと異なり、当該行為にその者の行動の自由を一部制約・制限する面があっても、その制約・制限が右の態様・程度に当たらない場合は、人身保護法による前記救済態様による救済の対象にしたものでない、と解するのが相当である。そして、監獄法は、死刑の言渡しを受けた者に対する拘置の執行に当たり、監獄の長においてその者に対し、身柄を施設内に拘禁するだけでなく、これに付帯して文書・図画の閲読、接見、信書の発受といった種類の行動の自由につき一定の制約を加えることをも予定しているところ(法三一条、四五条二項、四六条二項、四七条一項及び五〇条各参照)、右の種類の行動の自由に対する制約が死刑の言渡しを受けた者の身体に対する抑制として直接かつ継続的に加えられ、しかも、その制約が監獄法の予定する範囲を超えた違法なものであることが顕著である場合にあっては、たとえ身柄の拘置自体が確定判決に基づく適法なものであるとしても、その者の行動の自由に加えられた制約は、人身保護法の救済の対象となる拘束に当たる、というのを妨げないが、同時に、単に監獄の長が文書・図画の閲読、接見、信書の発受等に関してとった個々の措置のなかに違法なものがあるというだけでは、これらの行為がもともと精神的自由により深く関連する領域における広義の身体的動静である点において、直ちにその者の身体に対する抑制が直接かつ継続的なものであるとは認めがたく、当該措置が違法であることを理由にする救済については別途行政上の救済手続ないし行政事件訴訟手続に定めるところによるべきである、といわなければならない。

ところで、本件請求は、要するに、被拘束者は、死刑の言渡しを受けて拘置されている者であるが、被拘束者ほか一一名が原告となって福岡地方裁判所に国ほか一名を被告とする損害賠償等請求事件を提起しているところ、同裁判所から被拘束者あてに送付されてきた証明文書の一部につき、右の拘置を執行している拘束者が二度にわたり拘禁の目的に反することを理由に閲読を不許可とする処分を行ったことが、法令の定める手続によらずに被拘束者の身体の自由の一部を制限するものであるとして、人身保護命令を発布して被拘束者を裁判所の監護下に置くとともに、被拘束者に右の証明文書を交付し、右交付手続が終了したとき拘束者に被拘束者を引き渡すことを内容とする判決を求める、というものであり、当裁判所の行った準備調査の結果においても、請求書の主張する拘束者の措置がなされた右事実を認めることができる。しかしながら、右準備調査の結果によれば、拘束者は、裁判所から被拘束者あてに送付されてきた証明文書全部につきその閲読を不許可とする処分をしたものではなく、そのうちの特定の証明文書について、あらかじめ定めた死刑の言渡しを受けた者の信書の発受の許可に関する一般的基準(昭和三八年三月一五日矯正甲第九六号矯正局長依命通達)に従い、被拘束者に対する拘置を執行する上で障害を生じることを理由に不許可処分としたものであることが認められる(なお、右の一般的基準自体が、拘束者である監獄の長において拘禁の目的を実現するに必要な限度を超えて死刑の言渡しを受けた者の外部交通を制限する不当・不合理な内容であることが明らかであるとは認められない。)。

そうすると、本件証明文書の閲読不許可処分は、当該証明文書に関する限り被拘束者をして以後これを閲読しえない法的状態に置いた限度では被拘束者の行動の自由を一部制約したといえる面のあることは否定しえないとしても、それ自体は実質的にそれぞれ一回的な処分であって、身体に対する抑制との関連では間接的なものに過ぎず、当該証明文書を閲読できない状態が即身体的拘束の継続とはいえず、およそ文書・信書一般につき一切閲読・発受を禁止するといった措置やこれに準ずる措置を継続的に行った場合のように、身体に対する直接かつ継続的な抑制を加えるに等しいと評価すべきものではないから、本件証明文書の閲読不許可処分が直ちに人身保護規則二条にいう逮捕、抑留、拘禁等身体の自由を奪い、又は制限する行為に当たり、これによって被拘束者が人身保護法二条の規定に定める要件である「法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者」に該当する、ということはできない。

三  よって、本件請求は不適法であり、その欠陥を補正することができないものであるから、人身保護法一一条一項、人身保護規則二一条一項一号に従い、これを棄却することとし、手続費用の負担につき人身保護法一七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邉卓哉 裁判官 渡邉 温 裁判官 犬飼眞二)

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